こんにちは、ナカキタです。
  えー、このキッチンスクールエッセイをベイサイド通信に書かせていただくにな ってから、早いものでもう1年半。
  実は、悲しいお知らせがあります。3年半住み慣れた横浜を、このたび離れるこ とになりました。横浜のお散歩エッセイやら、ワールドキッチン・イン・ヨコハマ やら、横浜ネタでいろいろ書かせてもらいましたが、それも、もはやここまで。行 き先は多分、遠い北の町になりそうなので、これまでのように、平日にふいっと根 岸線に乗って教室を訪れる、というようなことはできなくなるでしょう。
 とは言っても大好きなNikiのキッチンスクール。教室の立ち上がりから今まで、様 々な先生や生徒さんとのステキな出会いを経験し、教室を運営するNikiの苦労と喜 びを身近で見つめ、何より世界中から集まったレシピを習い、味わってきたこの2 年を思うと、あっさりさよならするのは、あまりに寂しいことです。
  というわけで、遠くに行っても、事情が許す限り教室には通おうと思っています。 そして、これまでほど頻繁ではないかもしれませんが、時々横浜ベイサイド通 信で も、ご報告させていただきますね。   ナカキタが不在の時は、教室の主催者Nikiが、インターナショナルシティ・横浜 を、さまざまな視点から切り取って、ご紹介していきます。こちらも、お楽しみに!

さて、世間は12月。クリスマスシーズンが近づくと、先生たちはお里帰りをし たり、国外に出かけたりして、お料理教室の数がぐんと減ってしまいます。そこで、 今回は南インド出身のラクシュミ先生と、ちょっと茶飲み話をしたときのことを書 きたいと思います。
  インドの人たちは、たいてい3つの言葉をしゃべるんだって。英国統治時代以来 の英語、インドの公用語ヒンディー語、それからそれぞれの州によって違う独自の 言語。それは、そのままインドの複雑な歴史や、民族構成を表しているのかもしれ ない。なんて、考えながら、いっこうに上達しない自分の英語を考える。日本人が 英語下手なのって、いろいろあったにせよ、おおむねラッキーだった歴史の副作用 だったりして。
  だとしたら、いいじゃん、英語下手だって。むしろ、堂々と下手な英語をさらし ながら、他国の人とコミュニケーションをとりましょう。


第十五回 ラクシュミ先生とマサラティ

   
     



最近、Nikiの教室ではインドが熱い!
  先生は3人いて、それぞれが違ったタイプのインドの料理を教えてくれる。それ らは、私たちが普段、インド料理店でなじみ深いカレー料理にとどまらず、普通 に 家庭でお母さんたちが作っているような、親しみ深い煮込み料理だったり、手作り のナンだったりする。
  材料も、他の国から来た先生たちに比べたら、ずっと手に入りやすいものを使う し、香辛料だって、スーパーで手に入る普通のものを使う。専用のタンドリー釜を 使う料理もあるけれど、インド人の先生たちは、そういう特殊な機具を使わない調 理法を教えてくれるから、自宅でも習った料理が簡単に再現できる。ヘルシーだし、 ちょっとしたご馳走感もあるし、自分のレシピとして持っていれば、これはかなり ポイント高いそんなわけで、ナカキタもはまりつつあるインドの家庭料理。その秘 密をちょっとだけ聞き出してこようと、ある寒い日、ナカキタはインド料理の話を 聞きたくて、ラクシュミさんのお家を訪ねたのだった。


  JR石川町から、高速の下を流れる川を見ながら、10分ほど歩くと、ラクシュ ミさんのお家がある。こぢんまりとした一軒家。彼女はここに六年住んでいる。家 族はご主人と、中学生の一人娘さん。
  ラクシュミさんは、ピンクのサリー姿で迎えてくれた。額には、赤いビンディ。 前回おじゃましたラサさんと同じ州の出身なのだそう。そして、ラサさん同じく、 ヒンドゥー教徒。日本に長くいるだけに、日本語も上手だ。
  ラクシュミ先生は、まだNikiの教室では二回ほどクラスを持っただけの「新人」 さんだけど、来日したばかりの頃には、文化交流会のようなイベントで、日本人の 女性たちに料理を教えた経験がある。また、自国では小学校低学年に当たる「ミド ルスクール」の先生をしていたということで、お料理に関しても、教えることに関 しても慣れているそうだ。


  「インドのお料理について教えてください」
  という私に、
 「インド料理という種類の料理はないのよ」
  というのが、ラクシュミ先生のお答え。
  インドにはいくつもの州があって、そこに住む人たちは文化的にも民族的にもま ったく違う暮らしをしている。さらに、カースト制度の残る社会では、その人の属 するカーストによっても変わってくる。けれども、もっとも大切なのは、その人が 受け継いでいるその「家庭のレシピ」なのかもしれない。
  「大まかに分ければ、北の方はマスタード、西ではピーナッツオイル、南ではごま 油をベースに作ることが多いわね。だけど、インド全土で幅広く使われているのは、 サンフラワーオイル。これらを基本に、いろんなスパイスをあわせながら、自分の味を生み出していくの。特に、辛みは家庭によって全然違っています。チリで辛み を調整するんだけどね」
  クク先生の時にも感じたのだけど、一粒一粒のスパイスを自分の舌で確かめなが ら、「自分の味」を作り出すことが、インドの人たちにとっては料理の腕の見せ所 なのだ。
  「ただ、基本的なスパイスの効果を知っていないと、うまくいかないの。私たちが 料理で使うスパイスの主なものは、ターメリック、コリアンダー、ガーリック、シ ナモン、クミン、クローブ、ジンジャーなどなどだけど、それぞれに違った個性が ある。そして、どのスパイスにも薬効がある。
 「たとえば、のどが痛い時には、ミルクにターメリックをひとつまみ、振り入れて 混ぜたものを飲めば、症状がやわらぐの」
  そんなふうに、インドのお母さんたちは、スパイスが味覚と体にどんな作用をも たらすのか、本当によく知っているのだという。ラクシュミ先生は、それを日本の 生徒さんたちにも教えてあげたいのだそうだ。
  なんか、生活の中の医食同源、という考え方に、ナカキタは素晴らしく感動して しまったんだけど……。
  だけど、考えてみたら、日本にだって、そういうのあるよね。ショウガ湯とか、 焼きネギみたいなものとか。  


  スパイスと同様、ラクシュミ先生の料理に欠かせないのが、野菜と豆。特に豆は、 ベジタリアンの南インド料理には重要なタンパク質源となっている。
  「豆はDALと言って、ものすごくいっぱい種類があるの。日本でも手に入るひよこ 豆とか、レンズ豆もよく使うのよ」
  前回の教室では、ヒヨコ豆をトマトソースに入れて煮込んだ料理を教えたそうだ。 カリフラワーやポテトもよく使う。そして、粉は必ず全粒粉。精製して、口当たり をなめらかにするために、せっかくの栄養素を取り去ってしまうなんて、もっての ほかだとラクシュミ先生は言う 。
  「インドの人たちは、多分、他の国の人たちよりも健康に気を使っているのかもし れないわね」
  ヨガやアーユルヴェーダを生み出した国だもんね。人の体と宇宙のつながりまで 体系づけて思索する、深い哲学と宗教は、食に対しても独自の思想を持っているん だね。なんて、考えていたら、
  「でも、まあインドでも今の人たちはあまりそういう伝統にとらわれた生活をして いるわけでもないんだけどね」
 だって。


  「これは、料理というものではないけど、ちょっとしたスナックとしてよく作るの。 もしよかったら食べてみて」
  そう言って出してくれたのは、WADALという、一口コロッケのようなきつね 色のスナック。 「チャナダールという豆を、水を加えずにグラインダーでつぶして、オニオンと一 緒に団子にして、少しの油で焼くの。揚げないから油っぽくないし、おやつとして 食べてももたれないよ」
  ケチャップを付けて一口いただくと、なるほど、豆独特のパサッとした食感で、 コロッケよりももう少し乾いた味がする。それと一緒に、ムングダールという、豆 を香ばしく煎った塩味のスナック菓子も出された。これは、インド食材点などで市 販されているものだという。
  こういう簡単なおもてなしの中に、豊かな豆食文化を感じる一瞬。オニオンのし っとり感と香りが合わさって美味。思わずパクパクと一気に食べてしまった。にこ にこと嬉しそうにそれを見ているラクシュミ先生。ちょっとはずかしかった。
「日本食でも豆ってとっても大切なんです、醤油とか豆腐とか味噌とか納豆とか。 もしかしたら、日本とインドって案外近い親戚関係にあるのかもしれないですね。 カレーライスだってインド料理の孫みたいなもんだし」
  なんて、いいかげんな比較文化論を言ってみたり。
  全部食べたら、今度は牛乳にタピオカを入れて、サフランでほんのり黄色に色づ けたデザートが登場。ココナッツミルクじゃなくて牛乳というところがミソ。ココ ナッツの重厚さはないけど、その分あっさりと食べやすい。

  そして、食後にはマサラティ。ゆったりとエキゾチックな香りを楽しみながら、 先生が最後に言った。  「日本の生徒さんに教えるのはとても楽しい。日本の人は、自分の食生活とは全然 違う味でも、楽しんで試そうとしますよね。そういうところ、とても好きです」
  日本で生活していても、なかなか日本人の人とコミュニケーションを取る機会が なかったというラクシュミ先生。Nikiの教室は、多分、そんな彼女にとってもきっ と日本人と関わる大切な場所なんだと思った。



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エッセイストの紹介
中北久美子 ナカキタクミコ
(プロフィール)
中北久美子 

ナカキタクミコ 名古屋の情報雑誌月刊「KELLY」編集から編集 デスクを経てフリーに。以後、雑誌・広告・社内報・官公庁の出版物・ゴース ト・ ラジオの構成などで企画・取材・執筆を担当。結婚後、神戸、金沢、富山と拠 点を 移しながらその土地の取材物を中心にライターを継続。今後は、女性のライフ スタ イルに関する記事を書いていきたいと考えている。 現在、横浜在住。好きなものは温泉、お散歩、お茶、古い建物、犬、60年代 のR &B、70年代のブリティッシュロック、80年代のスィートレゲエ、「館」のつ く場 所(水族館・博物館etc・・・)、浮世絵、特撮ヒーロー、伝奇小説、南の海、そ して一 人息子とのおしゃべり、などなど。

「よみたい!ネット」に「横浜お散歩マニア」連載中 http://www.yomitai.net/