お久しぶりのナカキタです。
 今回のキッチンスクールの舞台は、山手のブラフにある、瀟洒な一軒家。
オーストラリアから来たシモーヌ先生が教えてくれる、イタリア系オーストラリア
ン・クッキング教室です。  
  お料理ももちろんだけど、山手のハイソな外国人のご家庭。いったいどんな
生活なんだろう?そんな好奇心もいっぱいに、行って、見てきました。



第七回 シモーヌの、オーストラリアン・イタリアン・クッキング

   



待ち合わせは、元町商店街の端にあるGAPの前。
 シモーヌ先生は、いろんな食材を詰め込んだスーパー袋をぶら下げて、G
APの前で待っていた。スッピンに、シンプルなパンツとセーターという
いでたちで。しかも、あのぉー、袋からネギが顔を出しているんですけど……。
 ハイクラスな山手の外国人奥様は、こんなふうにまるで気取らないスタイルで、
私たちを迎えてくれた。
 今日の生徒さんは、蒲田から来た令子さんと、横須賀の恭子さん、そして
ナカキタの3人だ。令子さんは、NIKIのサイトの掲示板にもよく遊びに
来てくれる、常連さんだ(いつもありがとう)。


 先生の案内で、お家のある山手の方へ登っていく。急な階段が延々と続く、
住人しか通らない小道。階段を上りきると、そこは閑静な住宅街だった。
 息をきらしながら、シモーヌ先生が
「あそこよ」
 と、指さした家のガレージに、ちょうど外国人の男性と、二人の女の子が
出てきたところだった。ご主人と、娘さんたちだった。
「上の子が10歳、下の子が3歳になるの、あともう1人、12歳の男の子が いるわ」
 あらためて、子どもたちの顔を見ると、小さい方の女の子が、あきらかに
東洋系の顔をしていて、おやっと思った。そのまま、3人は車で出かけて行っ
た。


 広々としたリビングダイニング。まず目を引くのは、キッチンの真ん中に
しつらえられた畳半畳ほどの調理台だ。台上の全面が、固いコルクのような
素材でできていて、その上で包丁を使うことも、熱いものを直接のせること
もできる。素材を直に置いても大丈夫だという。これは便利だ。
 いつものことながら、外国仕様のキッチンは、広くて便利で、徹底的に使
い勝手が考えられていることに感心する。


 本日のメニューは、チキンとレッドペストのフィットチーネ、ポテトとネ
ギとベーコンのスープ、シーズニングサラダ、そして、リンゴとシナモンの
マフィンだ。


 このところ、エスニックづいていたので、馴染み深いイタリアンの家庭料
理は、かえって新鮮だったりする。でも、オーストラリア人のシモーヌが、
どうしてイタリア料理?
「夫はイタリア系なの。だから、私は、結婚してから夫のお母さんに、イタ
リア料理をいろいろ教えてもらったのよ。実の母は、日本料理が大好きなの。
いろんな人がいて、いろんな文化が混じっているのがオーストラリアなのよ」
 テキパキとポテトの皮を剥きながら、自分の料理のバックボーンを語って
くれるシモーヌ先生。


 料理のポイントは、何と言っても素材。中でも、
「オリーブ油は、とにかくいいものを使いましょう」
 というのが、シモーヌ先生のアドバイスだ。
瓶を覗いて、緑味が強いもの ほど高級なんだって。
 日本のスーパーなどではあまり見かけない、サンドライ・トマトは、イタ
リア料理に欠かせない食材の一つだ。一見、干し柿のような形と匂いがする
干しトマトを、お湯でもどして使う。この料理を作るなら、ぜひ手に入れた
いものだ。
 ニンニクをおろす時には、スイスのZYLIZZ製クラッシャーが大活躍だ。
グシャッと潰れたニンニクから、食欲をそそる匂いが漂う。普通なら、油を
しいて最初にニンニクを入れるところ、シモーヌ先生は、ベーコンやネギの
後で入れる。この方が、香りが引き立つのだそうだ。
 そして、タイムとバジルは、必ず生を使うこと。手でちぎっただけで、フ
レッシュハーブ独特の、刺激的でさわやかな香りが立ち上る。


 レシピに沿って、手順を踏んでいく。キッチンの中は、新鮮なイタリアの
匂いが充満してきた。フライパンの中では、サンドライ・トマトベースのパ
スタソースがいい感じに煮つまり、鍋のスープはフレッシュタイムとネギの
香り。そして、オーブンからは、リンゴとシナモンとバターの焼ける甘い匂
いが、誘うように漂ってくる。
 んー、しあわせ! の瞬間がいよいよ近づいてくる。


 席について、
「いただきまーす」
 あら?  
 スープが、なんだかすごくおいしい。サワークリームを入れたので、一見
ホワイトスープみたいだけど、もっとサラッとしていて、軽い味わい。タマ
ネギではなく長ネギを使ったことで、あっさり風味を生みだしたのかな?
 フィットチーネもサラダもおいしいけど、ナカキタとしてはこのスープが
大ヒットだった。
 それからもう一つのヒットは、マフィン。どちらかといえばカップケーキ
に近いものを想像していたのに、シモーヌ先生のマフィンは、表面さっくり、
中はシットリという、絶妙な食感だったのだ。


 聞いていいものか少しだけ迷ったけど、やっぱり聞いてみることにした。
「下の娘さん、アジア系に見えたんだけど、養女なの?」
 こんな場合のえん曲な英語表現を、ナカキタは知らない。失礼だったらど
うしよう。だけど、シモーヌ先生はあっけらかんと答えた。
「そう、ハナはね、私たちが韓国にいたとき、たまたま1日だけ預かった乳
児院の赤ちゃんなの。あんまり可愛いから、みんな彼女を乳児院に返したく
なくて、そのまま養女にしたのよ」
 聞けば、彼女の母国では、人種の違う子どもたちを養子に迎えることは決
して珍しくないのだという。シモーヌ先生自身にも、黒人のお姉さんがいる
のだそうだ。日本人の感覚からしたら、ちょっと驚きだけど。
「日本の人は、『血のつながり』を大切にするって聞いているわ。でもね、血
のことを言い始めたら、私たちオーストラリア人はみんな、移民か流刑民の
子孫なのよ。多分、ハナの方がずっと高貴な血を受けているわね」
 だけど、血は混ざった方が強いのよ、そう言って、シモーヌ先生は笑った。
 これまで知っているつもりで、実は何も知らなかったオーストラリアとい
う国。その、おおらかで懐の深いお国柄に、ほんの少しだけ触れられたよう
な気がした。

 リビングのベイウインドウからは、山手の森の木々と、高速道路。その向
こうにはランドマークタワーが見えている。シンプルだけど、高級な作りの
キッチンで、私たちは、温かな、オーストラリア産イタリア家庭料理をいた
だいている。
 んー、しあわせ!


 その時、玄関が開く音と、子どもたちの賑やかな声が聞こえてきた。ご主
人と、二人の娘さんが帰ってきたのだ。パパと上のお姉ちゃんは、すぐに2
階の自室に上がっていったようだが、妹はママのところにやってきた。
 東洋系の顔立ちをした小さな女の子は、当然のようにシモーヌ・ママに抱
きついて、可愛らしく舌っ足らずな英語で
「ママ、あのね」
 なんて、話しかけている。それから、調理台の上に、めざとくブラックオ
リーブを見つけると、素早く一つ、二つつかんで口の中に放り込んだ。
「ハナ、お行儀悪い」
 ママに叱られても平気で、ニコニコしながら、今度は恭子さんに何やら話
しかけている。その天真爛漫な笑顔を見ていると、家族みんなに愛されて育
ってきたんだなあと、すぐにわかる。
「そりゃそうよ。なのに、日本でハナが養女だって話をすると、みんな『ま
あ、なんて可愛そうなの、』と言って、お菓子やら玩具やらをくれるの。
 だけど、全然可愛そうじゃないのよ。こんなに甘え放題で、ワガママいっ
ぱいに愛されているんだもの。そういうのを見ているから、上の2人も、『あ
ーあ、私も養女だったらよかった』なんて言うのよ」
 彼女にしたら、日本人の考え方の方が、ずっと不思議なようだ。確かにそ
うだよね。
 シモーヌ一家は、ハナちゃんの本当のお母さんに会うために、毎年韓国へ
行っているのだそうだ。ママは2人。それが彼女にとって自然なのだ。
 振り付きで、幼稚園の歌を歌ってくれたハナちゃんを見ていたら、なんだ
か心がじんわりと温かくなってきた。


 山手のハイソなお宅拝見、と思って出かけたら、思いもかけずいろいろ考
えさせられてしまった。そんな意外性も嬉しいNIKIのキッチンスクールな のだ。




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本日のレシピ

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チキンとレッドペストのフィットチーネ
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(材料) 
オリーブオイル大2
鶏ムネ肉500g 
ニンニク2片 
赤ワイン1/2C 
サンドライ・トマト1/2C 
ブラックオリーブ1/3C 
フレッシュバジル1/2C 
生クリーム1.5C 
松の実大2 
パルメザンチーズ1/3C 
フィットチーネ250g
レッドペスト2/3C 
オリーブオイル適宜

1.  チキンは3センチ角くらいに切っておく。 ニンニクはすりつぶし。 ブラッ
クオリーブは薄切り。フレッシュバジルは荒く刻んでおく。

2. サンドライ・トマトは、お湯でもどして千切りにしておく。

3. フライパンにオリーブオイルをひき、チキンを炒める。

4. チキンが軽く色づいたら、ニンニク、赤ワイン、バジルを加える。

5. 水分が少しだけフライパンに残った状態になったら、生クリームとレッド
ペスト、パルメザンチーズを加える。

6. サンドライ・トマト、松の実、ブラックオリーブ、ドライトマトを入れ、
ソース状に煮つまるまで、とろ火で煮込む。

7. この間に、パスタをゆでる。大きな鍋でたっぷりのお湯を沸かし、オリー
ブオイルを1、2滴垂らしてから、フィットチーネ麺を入れ、表示時間どおり 茹でる。

8. 茹で上がったら、パスタをソースのフライパンに入れ、軽く混ぜ合わせる。

※レッドベストは、元町ユニオンなど、輸入食材店で売っている。
手に入らない場合、手作りでもできる。
フレッシュバジル1/2C 
松の実大2 
パルメザンチーズ3/4C 
サンドライ トマト大4
をフードプロセッサーにかけ、細かくなったら、プロセッサ ーをかけたまま、オリー
ブオイル1/4Cを少しずつ混ぜ合わせていく。完全に 混ぜ合わさったらできあがり。

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ポテトとネギとベーコンのスープ
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(材料)
オリーブオイル80g 
角切りベーコン200g 
ネギ5本 
ニンニク2片 
セロリの茎4本 
フレッシュタイム小3 
月桂樹の葉1枚 
ジャガイモ750g 
チキンスープC6 
塩、黒コショウ適宜 
サワークリーム1C

1. 大きな鍋にオリーブオイルをひき、ベーコンを2分間炒める。

2. ネギとニンニクを加え、二分炒めてから、セロリ、タイム、月桂樹、ポテ
トを加え、チキンスープを加えてかき混ぜる。

3. ジャガイモが柔らかくなったら、最後にサワークリームを加える。


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◆シーズニングサラダ
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(材料) 
マスタード小1 
ワインビネガー小1 
エキストラ・ヴァージン・オリーブオイル大5 
塩・ブラックペッパー各ひとつまみ 
ニンニク一片 好みの野菜適宜

1. ニンニクは潰しておく

2. マスタード、ビネガー、塩、ブラックペッパー、ニンニクをボウルに入れ
て混ぜる。

3. エキストラ・ヴァージン・オリーブオイルを少しずつ溶かしながら混ぜ、
馴染ませていく。

4. 好みの野菜に3をかけ、混ぜる。


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◆リンゴとシナモンのマフィン
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(材料) 
砂糖1.5C 
バター400g 
卵3個 
プレーンヨーグルト3/4C 
小麦粉3C
ベーキングパウダー小2.25 
リンゴ2個 
シナモン小2

1. リンゴをガーリックスライサーでおろす。(すり下ろしでも可)

2. バターをやわらかくしてから、ボウルに入れ、砂糖を加えて電動ミキサー で混ぜる。

3. 卵を加えてさらに混ぜる。

4. 粉にシナモンを合わせ、3に加え、さらにヨーグルト、リングを加えてさ っくり混ぜ
合わせる。

5. 好みのカップケーキ型(またはマドレーヌ型)に八分目ほどタネを流し込 む。

6. 180度に熱しておいたオーブンで、45分ほど焼く。

   

▼第8回へ
エッセイストの紹介
中北久美子 ナカキタクミコ
(プロフィール)
中北久美子 

ナカキタクミコ 名古屋の情報雑誌月刊「KELLY」編集から編集 デスクを経てフリーに。以後、雑誌・広告・社内報・官公庁の出版物・ゴース ト・ ラジオの構成などで企画・取材・執筆を担当。結婚後、神戸、金沢、富山と拠 点を 移しながらその土地の取材物を中心にライターを継続。今後は、女性のライフ スタ イルに関する記事を書いていきたいと考えている。 現在、横浜在住。好きなものは温泉、お散歩、お茶、古い建物、犬、60年代 のR &B、70年代のブリティッシュロック、80年代のスィートレゲエ、「館」のつ く場 所(水族館・博物館etc・・・)、浮世絵、特撮ヒーロー、伝奇小説、南の海、そ して一 人息子とのおしゃべり、などなど。

「よみたい!ネット」に「横浜お散歩マニア」連載中 http://www.yomitai.net/