<映画紹介>  



    わくわく楽しくて、

    ちょっぴり切ない
    お弁当の話。


    『スタンリーのお弁当箱』



    http://stanley-cinema.com/



    笑って泣けるインド映画です。
    インドの映画と言えば、歌って踊って泣いて笑って大騒ぎするイメージが強いですが、こちらの『スタンリーのお弁当箱』は穏やかで地味な小作品。でも、小粒ながら心をビリビリと痺れさせる名作です。食事に例えるなら、ここ数年のインドで主流のボリウッド作品が食べ放題の満腹ランチで、この『スタンリーのお弁当箱』はしみじみ美味しい焼き魚定食といったところでしょうか。




    舞台となっているのは、インドの小学校。監督のアモール・グプテ氏によると、インドでは宗教上の理由から学校に給食という制度はないそうです。ヒンズー教徒は牛を食べないし、イスラム教徒は豚を食べない。ヒンズー教徒の中にはベジタリアンもいて、それがまた乳製品は食べてもいいとかいけないとか、曜日によって肉を食べない日があるとか、野菜でも土中の虫を殺さないように根菜は食べないとか、決まりがややこしい。そのため、昼食は各自が自分の家の都合に合わせた弁当を持参します。そんなお弁当を通して感動のドラマを描いているのが、この映画の素敵なところです。
    日本のようなキャラ弁的なものはありませんが、インドのお母さんたちが作るお弁当も十人十色です。インドにはカレーという名前の料理はない、というのはニキズキッチンの常連ならご存知のことと思いますが、カレー的な様々な家庭料理が登場します。インドならではのお弁当事情を垣間見ることが出来るのも楽しみです。スクリーンを見つめていると、どこからともなくスパイスの香りが漂って来るような錯覚にとらわれます。
    まずホールスパイスを熱して油に香りを移し、そこに肉や野菜を入れて炒めて料理を作る。そんなシーンでは、インド人の先生に料理を習った時のことを思い出す人も多いことでしょう。チャパティ、パロタ、ターメリックライス、チャナマサラ、バターチキン、パラクパニール、サブジ、パコラ、ライタ・・・。おいしそうな料理が次から次へとスクリーンに映し出されて、お腹がグーッと鳴りそうです。




    肝心なストーリーは、お調子者でクラスで人気の少年スタンリーとその友人たちの物語。家庭の事情でお弁当を持って来られないスタンリーは、昼休みになると水を飲んで空腹をごまかしていました。お弁当がないと言えず、ひたすら空腹を我慢するかわいそうなスタンリー。でも、いつしか友人のひとりがスタンリーが昼食を食べていないことに気づき、みんなでスタンリーにお弁当を分けることになりました。家が裕福なアマンは、スタンリーと食べるためにレストランの出前かと思うほどの豪勢なお弁当を持って来ます。
    インドにだって子どものいじめはあるだろうけど、スタンリーの仲間は素朴ないい子ばかり。お弁当はみんなで食べると楽しくて美味しいよね、というほんわかした友情が、炊きたてのごはんのように幸せな気持ちにさせてくれます。




    インドの子供憧れは、4段重ね・5段重ねの弁当箱。インドで一般的な弁当箱は、ステンレス製の丸型のフードコンテナを重ね、フックで全体を締めるように留めるというもの。おかずがたっぷり入ります。ちなみにこの弁当箱、各コンテナには深さもあるので汁モノも入れられますが、汁モノは一番上の段にするのが鉄則です。一番下にはライスやチャパティ。その間の段に汁気のないおかずを入れるのが正しい使い方です。パッキンがついているわけではないけど、一番上の段がもっとも汁が漏れにくいのだとか。
    友人たちのお陰で楽しくランチタイムを迎えられるようになったのもつかの間、スタンリーにはつらい出来事が襲いかかります。昼休みになると教室にやって来て、生徒のお弁当をつまみ食いすることを日課としていた中年教師が、スタンリーのせいで自分が食べる分がなくなったことに怒り狂ったのです。




    そして、スタンリーには心ない教師に責められるポイントがもうひとつありました。それは左利きであること。スタンリーはマリア像に祈ることからクリスチャンではないかと思われるのですが、インドはヒンズー教が約8割、イスラム教が1割超という社会。そのため左手は不浄という社会通念があります。そんな中で、左手で食事をするスタンリーはしつけの悪い子どもとして教師に攻撃されてしまいます。
    そうしたシーンで、監督は「宗教って何なんだ?」と問いかけているように思えます。いまだにカースト制度をひきずっているヒンズー教、複雑な宗教対立、同じ国なのに地域によって言語がまったく違って言葉が通じないこと、急成長する都市部と地方の激しい経済格差など、インドが抱える様々な社会問題が、この映画の中に盛り込まれているのです。
    自分では食事を買おうともせず、子どもたちのお弁当をあてにしていたケチな教師は、昼食を食べられない日々が続いて怒りが募り、ついにはスタンリーに向かって「弁当を持って来られない奴は学校に来る資格はない」と怒鳴り飛ばしました。




    傷ついたスタンリーは、翌日から登校拒否に。大好きな学校に行くことが出来ず、家にも居場所がなくて、空腹をかかえて制服を着て町をさまようスタンリーに、友人たちは学校に戻れるようにと力を合わせて応援します。
    愛情がたっぷり詰まったお弁当ムービーは、心と胃袋を鷲掴みにします。くれぐれも空腹のままでは観に行かないように。途中でお腹が空いて耐えられなくなること必至です。

     

    text/キヌガサマサヨシ

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