<映画紹介>



『大統領の料理人』

 

「大統領の料理人」は、実在するフランスの女性シェフの体験をもとにした映画です。 映画の中の主人公はオルタンス・ラボリという名前になっていますが、モデルとなったのはダニエル・デルプシュさん。フランス南西部のペリゴール地方の出身で、自宅で小さなレストランを経営していました。 ペリゴールはフランスの中でもとくに自然が豊かなエリアであり、フォワグラとトリュフの名産地としても有名です。また、この地方のベルジュラックやモンバジヤックにはワイナリーも多く、ボルドーにも近いので、パリから500kmほども離れているのに「美食の地」として食通たちに一目置かれているのだとか。 そんな土地で、ダニエルさんは料理上手な祖母や母から習った料理を伝えるべく、伝統的な郷土料理を教える料理学校も開いていました。


映画はそんな彼女のもとに、お迎えの車が来るところから始まります。 行き先を尋ねても教えてもらえないまま空港に連れて行かれ、飛行機に乗せられ、再び車に乗せられて着いたところはパリの宮殿。フランスの大統領が暮らすエリゼ宮でした。 そこではじめて、自分がなぜ召喚されたかを知らされます。 大統領のためにデジュネ(ランチ)を作ってほしい。


それまで大統領の昼食は、官邸の大厨房で働くシェフが交代で作っていました。 外国からの来賓を招いたパーティの料理も作るシェフたちですから、確かな腕前であることは間違いないはずですが、当時の大統領であったミッテラン氏はそんな一流のシェフが作る一流のフランス料理に少々辟易としていたのでしょう。 昼メシぐらいはほっとできるものを食べたい、という気持ち、なんとなく理解できますよね。


ミッテラン氏は1988年に再選されると、昼食専門のシェフを雇うことを決め、その人選をジョエル・ロブションに相談しました。 ミッテラン氏の希望は、「過剰な装飾を排して素材を大事にした料理」でした。 そして選ばれたのが彼女だったのです。


しかし、権威ある官邸の厨房は封建的な男社会。 正式なフランス料理を習ったことがなく、大厨房で下っ端仕事の鍋洗いから経験を積むでもなく、 突然連れて来られていきなり大統領の昼食作りの大役を任されたおばさんに、プライドの高いシェフたちの嫉妬が向けられるのは当然のこと。 最初から敵意を向けられ、本当にロブションの推薦か? と侮辱されます。


仕事場は大厨房ではなく、官邸の中のプライベートキッチンをあてがわれ、大厨房の大型冷蔵庫は使わせてもらえず、 食材も融通してもらえない。そんな意地悪を受けながら、彼女は負けてなるものかと奮起して自分なりの料理を作ります。


彼女の料理は、華々しいフランス料理ではなく形式にこだわらないカジュアルな家庭料理。 伝統菓子のサントレノを作るシーンでのクリームを盛り付け方で、監督はそんな彼女の持ち味を表現しています。




旬の素材のおいしさを引き出す料理を考え、大統領の出身地から料理の好みを推測してメニューを考える彼女を見ていると、 料理はじつにクリエイティブな作業だと改めて感じさせられます。素材に対する知識と、調理する知恵、そして食べる人を喜ばせたいという思いが料理を美味しくする、 という彼女の信念が伝わって来ます。







ちなみに、映画の中で登場する料理は、どれも実際に彼女が大統領のために作った料理を再現したものだとか。 こんな贅沢な料理が家庭料理なのかと思いますが、サーモンのシューファルシや、フォアグラや鴨などをパイ生地で包んだ「美しきオーロラの枕」 など食欲をそそる料理が次々に登場します。空きっ腹で観るのは危険かも。

大統領は彼女の料理を気に入り、明日が楽しみだ、と声を掛けるほどでしたが、事務方からは予算のことや大統領の健康を考えての食材に対する指示を押しつけられます。さらに、大厨房のシェフたちの差別的な態度もいつまでも変わらず、彼女は次第に疲れ果ててしまいます…。


彼女が大統領の料理人となったのは1988年。40代も半ばを過ぎてからだったそうです。 それから2年間、様々な軋轢を受けながら敵だらけの官邸で孤軍奮闘した彼女。 料理を愛し、美味しい料理で人を喜ばせたいと願う彼女の純粋さに胸を打たれます。 料理って素晴らしい。




料理を作るのが好きな人に、ぜひ観てもらいたい作品です。


■「大統領の料理人」
9/7(土)から、シネスイッチ銀座、 Bunkamuraル・シネマほかで全国順次公開
http://daitouryo-chef.gaga.ne.jp/



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