みんなー! 自分を大事にしてるかい?
 なんだなんだ、なにを唐突に言い出すんだ、この女。
 いや、すみません。ホントに最近忙しくって、半分こわれたナカキタです、お元気でしょうか。私はあんまり元気じゃないです、正直なところ。なんだか自分を大切にしてないなあ、俺。と、ぽつりと思ったわけで。

  そんな、殺伐とした日々を、一服の清涼剤のようにうるおしてくれるのが、Niki のお料理教室。もう、ここへ行く日ばかりは、朝からワクワク。どんなに忙しくた って、外国から来た先生と、初めて顔を合わす生徒さんと一緒に、エプロン締 めて、 キッチンにたてば、自然とニコニコしてしまう。
  でも、やっぱり今回はちょっと疲れてたみたい。待ち合わせの小湊のバス停 、待てど暮らせど誰も来ないと思ったら、全然違う小湊で待っていたのでした 。
  小湊バス停は、4カ所あるのでした。えー、初めての待ち合わせの時には、 場所をしっかり確認しましょう。


第十三回 南インドのベジタリアン料理

 
     



待ち合わせの場所で、二人の生徒さんと一緒にいた、サリーを身にまとった小柄 な女性。それが先生だった。額に赤いビンディ。インドの女性と聞いて、すぐに思い浮かべるスタイルだ。
  ご出身は、Vishakhapatnam(ヴィシャカパトゥナム、という読みでいいと思うけど)。地図で確認すると、大きなインド亜大陸の南東の、海に面 した街みたい 。同 じインドでも、前に教室に行ったクク先生は、ベンガルの出。広いインドでは 、南と北では、文化や歴史も、そこに住む人種も、全く違う。
  もちろん、料理だって違う。考えてみたら、当たり前かもしれない。北はヒマラヤから続く高地、南は亜熱帯の熱い土地。食べているものだって違っていて当然なのだ。でも、それだけじゃない。カースト制度の残るインドでは、属するカーストによっても、その生活はまるで変わってくる。敬虔なヒンドゥー教徒で、高いカーストに属するラサ先生は、完全なベジタリアンなにのだそうだ。
  私たちがインド料理といってすぐに思い浮かべるカレーには、当たり前のようにチキンやビーフ、マトン、それから魚などが入っている。野菜だけのものもあるけれど、なんとなく、あのスパイシーで薫り高い料理の中には、動物性タンパク 質が入っていて欲しい、と思うのはナカキタだけだろうか・・・。   それだけに、ベジタリアンのインド料理っていうのはいったいどういうものか、 期待は高まる。


 キッチンに入ったラサ先生は、いきなりオイルを表面に塗ってツヤツヤに拭きあげたナスを、コンロで直火にかけて黒く焦がし始めた。わー、大胆な・・。
  そうしている間に、粉を水と少々の油、それと塩だけで練って、ナンの外側を作 る。そこに、マッシュしたジャガイモを包み込んで、一緒にのすのだ。やり方とし ては、バターを強力粉に織り込むパイのようなやり方だけど、中身はポテト。 はやくも、ポテトのほっこりとしたいい香りが漂ってくる。コンロのナスも、香ば しいを発しはじめている。
  火から下ろしたナスは水に取り、皮をむいてマッシュにする。これを、野菜 を鍋で炒め、トマトを加えて煮込んだ中に、最後に入れるのだ。簡単な、世界中で 作られている野菜シチューと同じ、ひたすら煮込む料理。だけど、コリアンダー、 ニン ニク、ショウガ、青唐辛子といった、インドカレーのベースたちが、鍋の中をたちまちインドに変えていく!
  野菜を煮込んでいる間に、ジャガイモ入りナンを形作っていく。
 手で堅さを確かめながら、混ぜていくうちに、少しずつタネがまとまっていく 。ここに、クミン、コリアンダー、ガラムマサラの、インドスパイス黄金トリオが入る。 ジャガイモも入りのタネを、薄く、クレープのように丸くのばす。なかなか手間のかかる作業だけど、 ラサ先生は、これを毎朝朝食で出すのだそうだ。
「前の晩に作って、それを焼くだけだからそれほど大変ではないのよ」
 パンをトースターに入れて、牛乳をつぐだけで、「だるー」とのたまう、どっかの主婦に聞かせたい台詞だよ。ナカキタだけど。


  ふと、キッチンの入り口を見ると、棚の上に銀製のヒンドゥーの神様たちが 祭られた一角がある。黄色い花と、香炉が備えられている。
「昨日は、ガナパティのお祭りだったの」
 と、ラサ先生。ガナパティというのは、像の姿をしたヒンドゥーの神様の一人 だ。
 ナンを薄くのばしながら、ラサ先生は、ヒンドゥー教の神様のことを話す。
「インドには、数え切れないほどの神様がいて、みんなそれぞれお祭りの日があるの。そして、みんなそれぞれ、ストーリーを持っている。私たちは、子どもの頃から、そのお話を毎晩1つずつ、聞かされながら大きくなったのよ」
「では、先生もまた、お子さんたちにお話しして聞かせてるんですか」
「そうよ。そして、大人になるまでにはみんな、何百といる神様のほとんどのお話しを知っているようになる。で、彼らがいずれ子どもを持ったら、またそれを聞かせて育てるのよ」
  なんだか、その昔、私たちの国でもそういう習慣があったような。そうなんだ。 神様がたくさんいるという点で、ラサ先生と私たちは遠い祖先が陸続きなのだ 。
  ラサ先生は、こちらに来る前にアメリカで暮らしていた。確かに、英語が通 じる 分、日本より生活は便利だった。
「だけど、文化が違いすぎて、とても生活には馴染めなかったな。その点、日本は、 何か通じるものがある気がするの。私たちの生活を理解してくれる人が多いしね」
「それはきっと、ずっと昔から、日本はインドの文化の流れを受けているからかもしれないですね」
  それに日本人はカレーが大好きだし!


  Nikiのキッチンスクールで毎回思うのは、先生たちがみな、宗教的なバックボーンを大切にしながら、異国の地で暮らしている、ということ。私たちは、そのほんのとば口をのぞかせてもらっているのだけど、それでも、食文化と密接に結びついた、豊かな精神生活に圧倒される。ラサ先生のベジタリアン料理は、その中でもとりわけ、深く文化的背景とつながっているように思えた。
  ひとことでカレーと言っても、本当にいろいろあるんだね。


  できあがったナスとトマトの煮込み料理は、ナスのとろみが効いていて、スパイシーというよりは、うま味が勝っているようなマイルドな味だった。たぶん、 動物 性タンパク質が加わっていたら、この味は出てこないだろう。ベジタリアン料理の豊かな底力を見たような気がした。
  これを、ナンにつけて食べるのだ。ラサ先生は、上手に右手だけでナンですくい 取って口に運ぶ。その食べ姿の美しいこと。とてもそんな芸当はできない私たちは、スプーンを借りていただいた。
  一緒にいただいたマンゴーラッシーの酸味もほどよく、充実したお食事タイムを 締めくくってくれた。   この料理は、たぶん、自宅で比較的簡単に再現できると思う。エキゾチックだけど、懐かしい味。それは、きっと煮込んだ野菜のうま味が、心のどこかを刺激するからかもしれない。


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本日のレシピ

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◆Aloo Paratha アルー・パラータ 〜マッシュポテト入りナ ン〜
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(材料)
じゃがいも中2コ 
全粒粉2カップ 
コリアンダー小さじ1 
クミンパウダー小 さじ1 
ガラムマサラ小さじ1 
オリーブオイル小さじ1 
塩小さじ1 
水150cc〜200c c

(作り方)


1. 全粒粉はふるってボウルに入れ、オリーブオイルと塩を加える。
 
2. 水を少しづつ加えていき、全体がまとまるようになったら、よくこねて均一 なド ゥーにする。濡れフキンをかぶせて15分ほど置いておく。




3. じゃがいもは茹でて皮をむき、熱いうちにマッシュして冷ましておく。※冷 めて からマッシュすると粘り気が出てしまうそうです。
 
4. マッシュしたじゃがいもにコリアンダーパウダー、クミンパウダー、ガラム マサ ラを加えてよく混ぜる。2cmくらいのボール状に丸めておく。
 
5. ドゥーも均等に分けてボウル状に丸める。
 
6. 分けたドゥーを1つ取り出し、小麦粉をまぶして、台にも打粉をし、めん棒 で直 径7〜8cmくらいに延ばす。ジャガイモのボウルを1つ真ん中に置いて、ドゥ ーで 包みこみ、さらに直径1cmに円く薄く均一に延ばす。





7. フライパン(パンケーキ用ハパン)を中火にかけ、生地を入れてまず3分ほど 片面を 焼く。表面の色が変わってきたら裏返し、焼き面にオリーブオイル「(分量 外) 少量を塗り、少し火を弱める。裏面にも焼き色がついてきたらもう一度返してオリ ーブ オイルを塗る。そのまま弱火で、こんがりきつね色に焼き上げる。

5 1のジャガイモを敷いた鍋に4を置いていく。鍋の外側から壁に沿うように置き、次第に内側に詰めるように積み上げていく。


 
8. 平バスケット(トレイ)にアルミホイルを敷いた上に重ね置いてテーブルへ。 温か いうちにいただきましょう


 


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◆Brinjal Bhartha 
 ブリンジャル・バータ 〜なすとトマトのインド風〜
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(材料)
なす中3コ(米なすを使う場合は1コ) 
たまねぎ大1コ →5mm角位にカット  
ニ ンニク3片 (みじん切りにする) 
ショウガcm (みじん切りにする) 
青 唐辛 子1〜3本(好みで加減) →小口切り  
トマト中2コ cm角位のダイス状に  
ク ミンシード 小さじ1くらい 
ピーナッツ大さじ1〜(皮付き) 
グリーンピース  大さじ2〜(冷凍を使用)
オリーブオイル適宜

*1:レッドチリよりグリーンチリの方が風味が良いとのこと。この日は辛さ控え め に1/2本使用。

-- besides -- ☆ "brinjal" :○印なす ☆ "bhatha" :○印マッシュすること。

(作り方)


1. なす全体にオリーブオイルを薄く塗り、ガスの直火に当てて焼く。時々回し て方 向を変えながら、皮が黒く焦げるまで焼く。



2. 火から下ろして、水を張ったボウルに入れて粗熱をとり、皮をきれいにむい てヘ タ部分も外し、果肉をマッシュしておく。


3. 鍋を熱してオリーブオイルを多めに入れ、最初にクミンシードを入れて香り を出 し、次にピーナッツを入れてきつね色になるまで炒め、ニンニク、ショウガを 加え、 少し炒めた後たまねぎ、青唐辛子を加える。たまねぎが軽く色づくまで炒める 。









4. トマトとグリンピースを加えて全体を混ぜ合わせ、トマトを軽くつぶしなが ら炒 めた後、ふたをしてトマトが柔らかく煮くずれてくるまで煮る。
 
5. マッシュしたなすを加えて全体を良く混ぜ、軽く煮た後,塩で味を整える。 コリ アンダーの葉(香菜)を青みに飾ってテーブルへ。




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◆Mango Lassi 〜マンゴー・ラッシー〜
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(材料)
マンゴー・ピューレ 1カップ 
ヨーグルト 1カップ 
牛乳適宜 
砂糖適宜  
クミン1つまみ
氷 〜


*1:クミンシードをローストし、乳鉢などで砕いたものを用意しておく。パウ ダーを 使うより香りの良さが際立ちます。

*2:牛乳の量で好みの濃度に調節を。濃いものが好きならば牛乳を入れなくて も。

(作り方)

マンゴー・ピューレ、ヨーグルト、牛乳、砂糖を氷とともにミキサーにかけて 全体に よく混ぜ合わせる。 氷を入れたグラスに注いで、ロースト・クミンをトッピング。


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エッセイストの紹介
中北久美子 ナカキタクミコ
(プロフィール)
中北久美子 

ナカキタクミコ 名古屋の情報雑誌月刊「KELLY」編集から編集 デスクを経てフリーに。以後、雑誌・広告・社内報・官公庁の出版物・ゴース ト・ ラジオの構成などで企画・取材・執筆を担当。結婚後、神戸、金沢、富山と拠 点を 移しながらその土地の取材物を中心にライターを継続。今後は、女性のライフ スタ イルに関する記事を書いていきたいと考えている。 現在、横浜在住。好きなものは温泉、お散歩、お茶、古い建物、犬、60年代 のR &B、70年代のブリティッシュロック、80年代のスィートレゲエ、「館」のつ く場 所(水族館・博物館etc・・・)、浮世絵、特撮ヒーロー、伝奇小説、南の海、そ して一 人息子とのおしゃべり、などなど。

「よみたい!ネット」に「横浜お散歩マニア」連載中 http://www.yomitai.net/