料理映画:ラサへの歩き方 祈りの2400km 
 



 

<映画紹介>
過酷な旅と癒しのお茶が
教えてくれる大切なこと

『ラサへの歩き方~祈りの2400km』
7/23(土)から、シアター・イメージフォーラムほか、全国順次公開
※劇場情報など詳細は公式HPでご確認ください。
http://www.moviola.jp/lhasa/



「ゴタイトウチ」をご存知でしょうか。中華料理の名前のようですが、料理とは関係ありません。漢字で書くと「五体投地」。五体は両手・両足・頭のことで「全身」を意味しています。チベットの仏教徒の巡礼の習慣で、全身を地面に横たえてひれ伏して祈ることが五体投地です。巡礼者はその五体投地を繰り返しながら、尺取虫のような歩みでゆっくりゆっくり進みます。




『ラサへの歩き方~祈りの2400km』は、そうしたチベットの人々の過酷な旅の様子を描いた巡礼のロードムービーです。東西に延びるチベットの東部、四川省に近い小さな村から出発し、チベット自治区の中心地であり聖地であるラサに赴き、さらにその遥か先にある聖山のカイラス山に詣でる2400kmの長い旅です。


ぴんと来ない方もいるかと思いますが、2400kmというと空路なら東京から台湾の高雄へ、陸路なら北海道の旭川市役所から高速道路を乗り継いで九州の宮崎県庁までの距離です。チベットの巡礼に決まったスタート地はありません。自分の家が出発点。どれだけの距離を移動するかは、その人がどこで暮らしているかによって異なります。



この映画では、出演者としてマルカム県プラ村の人々が選ばれたので、スタートからゴールまで2400kmとなっています。日本なら整備された高速道路を走って車で32時間ほどで完走出来ますが、チベットの巡礼者は祈りを捧げながら1年かけて旅をします。


五体投地は、まず直立して合掌し、しゃがみ込みながら手を前方に伸ばし、スライディングのように体を前へと投げ出します。そして起き上がり、数歩歩いて再び合掌。それを何万回、何十万回と繰り返します。巡礼者は服が破けないよう革の前掛けをして、手には下駄のような手板をはめます。靴は次第に爪先が擦り切れ、上着の肘や袖も擦り切れてボロボロになります。地面に横たわって起き上がるという動作は、体力的にもたやすいことではなく、体もガタガタになると言います。



調子が良ければ大人の男性なら1日で10kmほどは進めるとか。とはいえ、スタートしてしばらくは体が慣れず、全身の筋肉と節々が悲鳴を上げて動けなくなるので、1日かかって2kmも前進できればいい方だという話もあります。しかし、巡礼者にとっては、早く着くことが重要なのではなく、巡礼そのものが重要なことなのです。それゆえにゆっくりマイペースで進み、数カ月かけて巡礼するのは珍しいことではないようです。


巡礼中には町以外では道の脇にテントを張って眠ります。チベットは全域が海抜3000m以上の高原で、ほとんどのところが富士山頂ほどの標高。巡礼路の最高地点は5600mを超えています。酸素が薄く、高山病を患う恐れがあるので激しい運動は避けるようにと言われる場所です。11~3月の気温は氷点下を下回ります。あまりにも厳しい旅で、途中で力尽きて命を落とす人もいるようですが、信仰の厚いチベットの人々は、神聖な巡礼中に逝くのはむしろ幸せだと考えます。



巡礼に出ると放牧や農耕の仕事を長期で休むので収入がなくなり、質素ながら日々の食材の調達などでも出費がかさむので、貧しい人々には簡単に実行できることでありません。「出来ることなら死ぬまでに一度は行きたい」。巡礼とはそういうものなのです。

映画の中での巡礼の一行は11人。父を亡くした50歳の男性ニマが、巡礼を望んでいた父の意を継いで、父の弟である叔父を伴って巡礼に行くと決意します。そのことを知った同じ村の人々が、「ならば俺も」と加わります。行きたい気持ちはあっても、様々な負担も大きく不安もあるので、このように便乗するケースはよくあることらしいです。




じつはこの作品は、ドキュメンタリーのようで、ドキュメンタリーではありません。といっても、巡礼者の11人は役者ではなく、チベットの村で暮らす普通の人々です。脚本もありません。役柄もそのままで、小さな女の子の親子は本物の家族であり、妊婦は実際に子どもを身ごもった女性で、撮影の途中で本当に男の子を出産しました。

体の弱った老人や妊婦は、五体投地はできなくてもともに歩いて巡礼します。それ以外は、幼い子どもも五体投地で進みます。大地に体を投げ出しながら祈るのは、自身の幸福ではなく、世の中の平和や他者のしあわせ。それが巡礼のルール。ゆえに巡礼は尊いこととされているのです。


だからでしょうか、五体投地をする一行に、「お茶飲んでいけ」と声をかける人もいます。街道沿いの建築現場の職人が、ニマたちを見かけて休憩していくよう勧めます。また別の日には、今度はニマたちが、自分たちが休んでいる近くを通りかかった巡礼者に、同じように「お茶を飲んでいけ」と声をかけて、バター茶を振る舞います。チベットで巡礼していると、こういうことは実際によくあるのだとか。




それはあまりにも自然でさりげないシーンなのですが、とても印象的です。切り詰めて少ない資金で旅をする貧しい人たちが、助け合ってともにお茶を飲むって素敵なことです。近頃では耳にしない「情け」や「思いやり」という言葉が頭に浮かびます。お互いに大変さを知っているから、当たり前にようにいたわり合うのでしょう。一杯のバター茶が、じんわりと心をあたためてくれます。




女性たちが集まってチベット式小籠包のモモを作るシーンも、とても和やかで、彼らが人を大切にする気持ちに溢れていることが感じられます。こんなふうに家族や友人と一緒に料理を作るのも楽しそうでいいなー、とうらやましくなります。




ちなみに、チベットの主食はツァンパ。麦を乾煎りして粉にしたものに少量のバター茶を混ぜてこねたもので、おかずは羊やヤギ、ヤクなどの干し肉が少々というのが一般的なスタイルとか。モモやうどんのようなトゥクパは、特別な日の料理で、チベット歴の年末や特別な祝いの日に食べるもの。普段は極めて質素な生活です。




以前、モンゴルの草原を訪れた時にも、似たような話を聞きました。モンゴルでは草原のゲルを訪ねてきた人がいれば、見ず知らずの人であっても乳茶や馬乳酒を振る舞い、腹が減っていると言えば食事まで出すのが当たり前なのだそうです。彼らもまた質素な暮らしぶりで、それほど裕福ではなさそうなのに、困って頼ってきた人には、惜しみなく分け与えます。


僕があるゲルにいた時も、バイクに乗った訪問者がやって来て、お茶を飲み煙草をふかしてしばし休憩していったのですが、あとでゲルのおばちゃんに聞くと「知らない人だけどね」と言っていました。


日本では他人をやたらと家に上げたら防犯的によろしくないし、見知らぬ人に声をかけられてもついて行くなというのが常識ですが、少々豊かであってもそんな世の中ってどうなんでしょう。チベットの人々の「お茶飲んでいけ」という一言は、厳しい環境で生きているからこそ、貧しいからこそなのかもしれませんが、人として忘れてはいけない大切なことを教えられたように思います。地味ながら味わい深いいい映画です。


しんどい思いをしているときに、誰かがお茶を差し出してくれたら、どれほど救われることか。お茶に限らず、口に入れるものには総じてそうした癒しの力が備わっている気がします。みなさんも、料理の力を信じて、手間を惜しまずに美味しい料理を作ってください。


英語題:Paths of the soul
出演:チベット巡礼をする11人の村人
監督:チャン・ヤン(『胡同のひまわり』『帰郷』など)
製作:2015年 中国 118分
配給:ムヴィオラ

text/キヌガサマサヨシ(夏休み計画)  

 
 




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