料理映画:二ツ星の料理人 

 



 

<映画紹介>
ワケありな二ツ星シェフが人生の再起をかけて
三ツ星に挑む美食のエンタテインメント!

『二ツ星の料理人』
角川シネマ有楽町、新宿ピカデリー、渋谷シネパレスほか、全国で順次公開中 劇場情報は公式サイトでご確認ください。futatsuboshi-chef.jp

text/キヌガサマサヨシ(夏休み計画)



料理はとてもクリエイティブな作業です。ニキズキッチンの先生たちに料理を習って、レシピ通りの分量で、デモで見た手順どおりに作っても、なかなか先生ほど美味しくは出来なくて。何度か作っている料理でも、自画自賛したいほど上出来なときもあれば、なんじゃこりゃと思うこともあります。それはその時々の素材の違いや、微妙な調理のタイミングのズレ、火加減や塩加減などが原因であると思われます。もちろん、そうしたことは訓練によってスキルを上げることで解決できるでしょう。とはいえ、決してたやすいことではないので、毎回同じように美味しい料理を作れるプロの料理人はスゴイと思います。料理を創作するシェフはもちろんのこと、シェフが指示した通りに忠実に調理を再現できるスタッフのコックもスゴイです。



恥ずかしながら、僕はミシュランガイドの三ツ星の店には行ったことがありません。二ツ星のレストランにも。だから二ツ星と三ツ星の間にどれほどの違いがあるのかは、想像にも及びません。ミシュランガイドに載っていない店でも、感激して震えるほどに美味しいと思える店もあるので、それらの店よりはるかに高く評価されている三ツ星店が、天にも昇るほど美味しいのだろうということだけは想像できます。


しかし、あまりにも高みにある二ツ星と三ツ星では、紙一重の微妙な差しかないので凡人の舌では違いはわからないとも言われています。僕には一生わからなくても、一流の料理人やミシュランの審査員のような究極的な美食家たちには、そんなかすかな差もしっかりと認識できるのでしょうね。出来ることなら、一度でいいから彼らの舌と脳がどのように感じているのか体験してみたいものです。



今回紹介する『二ツ星の料理人』は、そうしたシェフやコックの世界を描いた作品です。主人公のアダムは、パリのレストランで二ツ星を獲得した腕利きのシェフでありながら、トラブルを起こし、仕事を投げ出して姿をくらませたダメ男。そんなヒンシュク野郎のアダムが3年ぶりに姿を現し、人生をやり直すために三ツ星を目指して奮闘するという物語です。


舞台となっているのはロンドン。ご存知のように、ロンドンはかつて欧州で一番食事がまずいと言われていましたが、いまや世界から注目される話題のレストランが林立する洗練された食の街へと変わりつつあります。そしてアダムが第一線から離れていた3年間は、料理業界に革新的な新しい調理法が登場した時代という設定になっています。料理を科学的に再構築した分子ガストロノミーの低温調理など革新的な方法が、アダムを困惑させます。急速に発展し、最新の流行が席巻するロンドンのレストラン業界で、アダムの技量はどれだけ通用するでしょうか・・・。



この映画、漫然と観てしまうと、才能に恵まれていて、心優しいお金持の友だちがいて、波はあるけど運もある男の、やりたい放題な生き方を描いただけのように思えるかもしれません。でもじつは、料理で頂点を目指すことがいかにシビアであるかを表現していて、そこが見所なのです。



料理は本来アートと同じ。絶妙なタッチが深い味わいをもたらすように、絶妙な塩加減が素材の味を引き立てて絶品な料理となります。アートも料理も「神は細部に宿る」のです。ただ、料理の場合、家庭で作る規模ならば1から10までの工程をすべて自分で行えますが、レストランではそうはいきません。客は長く待たされることを嫌うからです。店が大きくなるほど、スタッフにゆだねる作業は多くなります。高いクオリティを追求しながら、時間とも戦わなければならない過酷な状況です。



アダムはキッチンでは傲慢で、スタッフを怒鳴り散らし、コックたちがせっかくきれいに料理を盛り付けた皿を投げつけて叩き割ったりもします。偉そうで嫌な奴。しかし、舌に高感度な味覚センサーを持つ超人的な美食家やミシュランの審査員に照準を合わせれば、微かな失敗も許されません。シェフである限り、自分一人ではできないし、他人の手が入れば自分が思う通りにはいかない、というジレンマから逃れられないのです。


星を目指すシェフには、気が休まることはありません。毎日が本番であり、客に出すすべての皿を完璧に仕上げる必要があります。美食家のブログに「美味しくなくなった」と書かれれば、一気に一流店という地位から転げ落ちるかもしれません。さらに、未知なる調理法や流行にも追い立てられます。そうしたシェフの焦りや苛立ち、不安などがアダムの姿にじつによく表れています。


そう考えると、家で家族のために楽しく料理を作って、愛する人たちに「美味しい」と言われるのは、とても幸せなことです。


自分の思い通りにならないからといって、大声で怒鳴って当たり散らすなんていいことではないはず。ですが、アダムの気持ちになってスクリーンを見ていると、あまりにもプレッシャーが大きすぎて、そうなってしまうのもわかる気がします。極めるということは、とても大変なことなのだろうと思います。


だから、人にとやかく言われるのが嫌いな欧米人のコックが、シェフに罵倒されても仕事を続けることができるのだということも、映画を観ていてよくわかります。最高を目指すキッチンは命がけの戦場だと理解しているから、理不尽と思えるような怒鳴られ方をしても我慢できるのでしょう。もちろん、大きな妬みや嫉みを抱える人もいて、裏切りや仕返しもあるのでしょうが・・・。



でもこの映画では、そうした状況を肯定しているわけではありません。最後にはアダムの気持ちにも変化の兆しがうかがえます。彼を通して、変わりつつあり、それでいてどこに向かうべきか戸惑ってもいる料理の世界の「今」を見せてくれているように感じられます。また、ミシュランに限らず食べログのような点数で飲食店を評価する情報サイトなどによって店も客も振り回されていることに、「どうなんでしょうかね」と疑問を投げかけているようにも思えます。


次々にスクリーンに映し出される美味しそうな料理によだれを垂らすだけでなく、いろいろと考えながら観ていただくと、繊細な隠し味も感じていただけるでしょう。ちなみに、この作品の原題は『Burnt』。直訳すると「コゲ」。煮ても焼いても食べられない、あの苦いコゲのこと。辛辣なタイトルです。






 

出演:ブラッドリー・クーパー/『アメリカン・スナイパー』『世界にひとつのプレイブック』、シエナ・ミラー/『アメリカン・スナイパー』『G.I.ジョー』、ダニエル・ブリュール/『ラッシュ/プライドと友情』『黄金のアデーレ 名画の帰還』、オマール・シー/『最強のふたり』『サンバ』
監督:ジョン・ウェルズ/『8月の家族たち』 
脚本:スティーブン・ナイト/『完全なるチェックメイト』
製作:2015年 アメリカ 101分
配給:KADOKAWA 

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